若いころから古典落語を聞くのが好きでした。
古典落語には今現代忘れかけた人情があります。
長屋に住む人々は皆家族。
誰かが病気をすると皆で心配したり、世話したり。
特に学があるわけでもなく、徳が高いわけでもない。
ちょっと抜けていて愛嬌のある そんな人たちの集まり。
今はどうでしょう。
下手に世話を焼くと「うざい」と思われる。
親切心があだとなる。
だから 関わらない。
ちょっと寂しい気持ちになります。
そんな時 古典落語の世界にお邪魔したくなります。
その中からいくつかご紹介。
船徳
道楽が過ぎ、勘当になった大店(おおだな)の若旦那がひいきの船宿に転がり込む。
迷惑なのは船宿のご主人。
この若旦那 何もせず只ゴロゴロしているだけ。
船頭が出払っている時にお客が来て断るんですが、どうしてもということなのでしかたなく若旦那を船頭に仕立て上げ送り出す。
何も知らない若旦那。
なんとか川へ乗り出したが、どんどん川の岸に寄って行き、とうとう身動きできなくなってしまいます。
お客に持っている傘で岸を押すように指示。
言われた通りお客が自分の傘で岸を押し、無事川へ乗り出したが、傘が岸に刺さったまま抜けなくなってしまいます。
若旦那「あきらめてください」と言う。
若旦那と(不運にも)乗り合わせたお客のやりとりが面白い。
初天神
「行きたい」と駄々をこねる子供を連れて嫌々ながら縁日に出かけた父親の話。
面倒くさそうにふるまう父親が段々子供そっちのけで凧揚げに夢中になる。
最後はどちらが子供かわからなくなる。
茶の湯
大店(おおだな)の主人が隠居して、手持ち無沙汰で始めた茶道。
このご隠居 それまでこんな粋な趣味は持ったことが無い。
下働きの小僧さんと2人試行錯誤の末とんでもない茶の湯を完成。
取引先の方や友人を招いて毎日 茶の湯。
声を掛けられた人はたまったものではありません。
断るに断れないし迷惑千万。
そんな迷惑とはつゆ知れず ご隠居せっせと茶の湯に精を出す。